(※イギリスの階級社会・現代版について書いたコラムの続き。2014年に書いた記事を転記しています。)
前回は移民として暮らす私見イギリスの階級制度と、去年(※執筆当時)イギリスで行われた最新の階級調査の結果について書いたけど、今回は階級別のテイストをテーマにしたイギリスのTV番組を紹介したいと思う。
タイトルは『In the Best Possible Taste』といって、2012年夏に民放Channel4で放映され各方面から高い評価を得た3回ドキュメンタリー。とりあげるのが遅いけれど、英国で連綿と続く階級制度のこと、数年ぐらいで中身が古くなることもないでしょう、ということでご容赦を。
プレゼンターは現代美術家のグレイソン・ペリー。イギリス現代社会における「ワーキングクラス/ミドルクラス/アッパークラス(=労働階級/中流階級/上流階級)」の趣味嗜好と価値観を観察し、それぞれの典型に潜む意味をさぐっていくという内容。英国「インディペンデント」紙では、本ドキュメンタリーを”2012年のベストドキュメンタリー番組”と賞賛している。
ペリー氏は2003年、イギリスのコンテンポラリー・ アーティストに与えられる一番権威ある賞、ターナー賞を受賞。文化や信仰、暴力や隠された欲望なんかをテーマに、 様々なメディアを駆使して、ちょっと毒のあるユニークで装飾的な作品を生み出している現代美術家だ。
「なんだ、偉大なゲージツカ先生」司会の高尚なドキュメンタリーか、と敬遠するなかれ。
彼のもっとも一般に広く知られるイメージは「フリフリドレスの女装姿で授賞式に現れた、ちょっとヘンなアーティスト」。ゲージツ家って奇抜な言動や奇行が目立ったりすることがあるが、まさしくそんな感じの人物だ。というか、そういったステレオタイプを逆手に取ってああいった装いをしているのかなとも思う。
そんな彼を案内役に持ってくるわけなので、ただの観察ドキュメンタリーに終わるはずがない。
ワーキング/ミドル/アッパーの3回に分け、毎回それぞれの階級の典型をいく人たちと交流し、彼らの行動や趣味趣向について紹介した後は、彼のつかんだ3つの階級が表現するイメージを、かつて歴代の王侯貴族が好んだタペストリーというメディアを選び、アート作品へと仕上げて行く。そんなわけで前回触れたイギリスの階級システムという「部族社会」について動物ドキュメンタリーチックに観察できるだけでなく、芸術家の視点や思考プロセス、制作舞台裏までしっかり覗けてしまうという嬉しい内容なのだ。
ちなみに以下が私が番組を見てざっくりつかんだ階級のテイストの印象&キーワード。同じカテゴリーで矛盾してる箇所もあるが、そこらへんは個体差というかタイプ差みたいなもの。1つの階級のなかにも色々クラス分けがあるので。
ワーキングクラス
マッチョ。入れ墨。ヘアカラー、体の線を意識した服(男女とも)、パブ、ビール、やたらとでかいテレビ、テレビのメロドラマ。
ミドルクラス
コンサバで高めの服、個性重視、スーツ。体の線でなくカッティングを意識した服。お金。競争心&上昇&差別化志向。恐れ。見栄。スイーツ(笑)。
アッパークラス
馬、ポロ、屋敷、狩り、カントリーハウス、装飾的内装、顔が均一、平均身長が高い、古びたツイードジャケット、割と地味な服(でも高い)、TPO(>これはあえて太字!)、帽子、調度品が古い(>相続品なので)、減らさず増やさず次世代に渡す財産管理。
個人的にはミドルクラスが気になる。上に憧れつつ、しかも周りから浮かないように気を使い、でもやっぱり差をつけたい競争心も見え隠れし、ワーキングクラスとはぜったいに差別化を図りたいという、揺れ動く心境がかなり大変そう。しかし、ここまで心境が見えちゃうというコトは、自分は外から見てるつもりでもこのカテゴリーに実はどっぷりはまっていて、そういうエゴみたいなのがどっかにあるからなんだろうな〜とも思う。まあ、ミドルクラスはかなり多様化しているので、上の説明は典型的ミドルクラスの例と考えていただいきたい。
上流がその資産の割に意外に地味に見えるのは、お金だの家柄だのでケンを競わなくてもいいというのがあるんだろうか。内輪ではそれなりにイロイロあるのだろうけど。まあアッパークラスとはいえ、いかにもな貴族から、相続した屋敷を管理しきれなくて手放したり、美術館の様な屋敷を「好みじゃないから」といって敷地内にある、かつて使用人が住んでいた家に暮らしているタイプまでいろいろあったのだけど。
余談になるが、貴族一家とその使用人達のドラマを扱った人気ドラマ『ダウントンアビー〜貴族とメイドと相続人』で、どのエピソードだったかは忘れたけれど、計算ずくの婚約を交わした成り上がりの新聞王(ミドルクラス)と貴族の長女が新居のインテリアについて語るシーンで、新聞王は「(カネはあるから)装飾品・調度品はこれから買えばいいさ」といい、長女はあきれてほとんど蔑んだような口調で「装飾品は買うモノではなく(先代から)相続するものでしょう」と言い放つシーンがあって、そのギャップに感心した覚えがある。ちなみに監督のジュリアン・フェローズ氏は貴族一家の子孫である。
余談ついでに、ペリー氏自身は労働者階級出身だけど、著名人となったことでミドルクラス的生活をしていると語っている。
ドキュメンタリーに話を戻す。
それぞれの階級を訪れたあと、彼らの催すパーティに招かれると、ペリー氏はその階級に合わせた合わせたお得意の女装でドレスアップし登場したのもなかなか面白かった。女性ではなく男性が「女に化ける」ので、イチから作り込まなくては行けない。そうなるとメイクにせよ髪型にせよ服のスタイルにせよ、それぞれのスタイルをよく理解できていないとちぐはぐな感じになってしまうからだ。さすがゲージツカ。しっかり特徴をつかんでいて面白かった。いやいや、髪型1つとってもこんなに違うとは。
そしていよいよタペストリー制作のシーン。すごく乱暴ににまとめるとペリー氏はウィリアム・ホガース的な風刺絵画と宗教画を掛け合わせたイメージを念頭に作品群を仕上げていくのだけど、このプロセスは見ていてかなり面白い。
観察したものをそのままタペストリーにしたのではせいぜい「ふーん、上手ね」どまりでゲージツにはなり得ない。どんな形であれ見た人に日常を飛び越えて「??」「!!」という反応を起こさせるのが絵(なり小説なり歌なり)が上手な人とアーティストの決定的な差なんじゃないかと思うのだけれど、好き嫌いは別としてアートの生まれる背後にある思考やらもっと深い所を垣間見ることができてどきどきしてしまった。
階級というのは実に微妙な話題で、つい感情やスノビズムに流れたり、全貌をつかみにくかったりするテーマなのに、よくぞここまでまとめてくれた!という感じ。私自身の興味という角度からこの番組について紹介してみたけれど、色んな見方ができてかなり深い。
「イギリスってどんな国?イギリス人って?階級って?」と疑問に思っている人、そして芸術家の視点に興味のある方にはかなりオススメの番組だ。
最後に。ペリー氏もコメントしていたが、趣味=テイストが良い・悪いということはなくて、違う価値観があるだけなんだと思う。自分や属する種族と違う趣味に対してただ違和感を感じているということだ。言葉を「センス」に置き換えてもそうなんだろうな。